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チリ・イースター島

R0011804.jpg
250px-Flag_of_Rapa_Nui,_Chile_svg「イースター島観光2」
R0011752.jpg
 
人生2度目のイースター島♪
初めて訪れたのは、何回も書いてますが2005年PBにて、
その時イースター島で撮った写真を全画面消去してしまった私
中々これる場所じゃ~なかったので、どれほど悔やんだことか・・・
モアイとの2ショット
 2度と見ることのない写真

あの日のあたしに言ってあげたい、また来れるよとw

 今回、モアイと2ショットは無理でしたが、唯一心残りの場所にまた来れました!!

    ありがとうございます。


でわ、イースター島観光スタート!!
R0011788.jpg
ラノカウ火山
火山湖は直径1600m 水深4~5m

個人的に大好きな場所です☆

R0011790.jpg
オロンゴ岬

モアイが造られていた当時、この岬を下り、写真に見える島まで泳いでいって
グンカンドリの卵を取りに行く「鳥人レース」が行われていた舞台

鳥人伝説
島民は昔から鳥人の姿をしたマケマケという神を崇拝していた。
島民たちは、毎年春になるとオロンゴ岬に集り、鳥人を選ぶ儀式「鳥人儀礼」を行っていた。
儀式は、各氏族から代表戦士が選ばれ、
それぞれの従者にオロンゴ岬から見える小島「モツ・ニュイ」に泳いで行かせ、
その島に産みつけられた最初の海鳥の卵を持ち帰らせるといった方法で行われた。

海鳥が渡ってくる前に、島についた従者は島の断崖で海鳥が渡って、
そして、卵を産むのをじっと待ち、その間戦士をはじめとした他の人達は、
岩屋の前で連夜酒宴を開き、自分の氏族の従者が卵を持ち帰るのをまっていた。

そして、死ぬような思いで従者が持ち帰った最初の卵をうけとった戦士が
そのときから鳥人と呼ばれ称えられ祈念に岩に鳥人像が彫られたという。



一生懸命卵を取りにいった従者が鳥人じゃ~ないんだね ビックリだよ!!


ここにはタンガタ・マヌ(鳥人)、マケマケ(創造神)、コマリ(豊饒の神)をはじめ、数百の岩絵がある。



R0011791.jpg
オロンゴ岬からみた、ラノカウ



ちなみにトップ写真はアフ・ナウナウ
そこには7体のモアイがいる(プカオをかぶっているモアイたち) 
※プカオ→モアイの頭に乗せられた帽子のようなもの。あれはマゲらしいです。
IMG_7680.jpg
(2005年に行った時、友人にもらった写真)


近くにあるのは、アナケケビーチ
昔、服のままこの海に入ってはしゃいだ思い出のビーチ
IMGP5154.jpg
DSCF2718_20130507105232.jpg
(2005年 思い出の写真)


R0011850.jpg

モアイ倒し戦争
18世紀ごろ、イースター島はモアイ製造による自然破壊と人口爆発により
深刻な食糧危機に直面したと言われており、
やがて部族間の衝突が起こり、それは島中を巻き込んだ戦争へと発展した。

モアイの目に宿るマナの力を奪うため、戦争に勝った部族は負けた部族のモアイの目を壊し
そしてモアイをうつ伏せに倒した。
このモアイ倒し戦争を通じて、モアイ信仰の中心だった貴族階級の支配力は衰え
代わって、新たにマケ・マケ神と呼ぶ鳥の神を信仰するようになったようです。


R0011816.jpg
R0011833.jpg

アフ・トンガリキ
日本の会社が修復した15体もモアイ 
入口のモアイ 大阪万博の時に来た事があるようですよ♪

こちらでは皆さん、モアイとのオモシロ写真を撮るのに大はしゃぎ♪
DSCF2639.jpg
2005年の写真 とりあえず15人並んで見るw

アフ
モアイの下にある台座のような形をした石組。祭壇のこと。
またアフの下に人骨が埋まっている所もある。
アフはひとつの部族に1つ作られ、そしてその部族の長が変わるたびに
アフの上にひとつのモアイが追加して立てられた。
アフトンガリキのように15体のモアイがあるところには、
15代に渡って続いた部族があった事になる。

R0011869.jpg


見渡すかぎり森も林もないが、かつては熱帯雨林に覆われていたことがわかっている


R0011848.jpg



ラノ・ララク
DSCF2685.jpg

モアイ製造工場、島にあるモアイ像はすべてこの山から切り出され、島中のいたるところに運ばれた。

作りかけのモアイを探すのは楽しいですよ☆
collannge.jpg


R0011870.jpg
前回みのがした、正座しているモアイ

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こちらは2005年に来た時とは、気のせいか?雰囲気が変わったような気がします。
その時の写真
DSCF2688.jpg
DSCF2691.jpg
PICT8807.jpg

頑張ってあがるとこれがみえます。(2005年の写真)
IMGP4905.jpg



世界の7不思議と呼ばれるモアイ

モアイ像は12世紀頃作られ始め、14世紀頃に盛んに作られたと考えられている。

外部の人が訪れたのは1722年イースタの日(名前の由来、現地ではラパヌイ)
1774年にはイギリスのキャプテン・クックがここを訪れている。
西洋に発見されたときにはすでに文明が消滅していたといわれ
クックが去った後、植民地支配は激化して、イースター島も奴隷貿易の犠牲になった。
数千の島民が奴隷として運び去られ、一時は絶滅の危機さえあった。
その後もチリに支配され、弾圧を受けた。

現在、この島の歴史を記憶する直接の島民や、記憶などは残っていない。
それは、これらの島人、記録などが後に訪れた人々によって連れて行かれ、
記録も破壊されてしまったからである。
現在残っている貴重な記録はほんの一部に残った「コハウロンゴロンゴ」だけである。

R0011890.jpg


観光の最後はこちらで自由行動
ハンガロア村
イースター島の中心、約3,000人の島民が住む
ハンガロア村には、お土産屋もあってまったりできるねー♪


イースター島の海
あたしは、モアイ以上に印象がのこっている

色んな綺麗な海をみてきたけど、ここの海は本当に美しい

IMGP5090.jpg
2005年の写真より

  深い青


そして、夕陽
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R0011906.jpg
船からみたイースター島での夕陽

IMGP5044.jpg
はじめて訪れた時も

 イースター島の夕陽に感動した。


もし、また訪れるチャンスがあるとしたら

 是非、ダイビングをやってみたい

知ってますか?まぁ有名なんですが、
海の中に映画撮影用に沈められたモアイのレプリカがあるんですw

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