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軍艦島

DSC_6424(変換後)

その存在を知ったのは
初めてのバックパッカーの時、長崎出身の人に
  軍艦島の話を聞いた

その頃はまだ渡島禁止で、
漁師さんに交渉して漁船をチャーターして行くしかないと。。。


  こんな話を聞いて、興味がわかないわけがない!!


そして、やっと やっと その地に行く事ができた。


DSC_6427(変換後)


正式名称は端島(はしま)
戦艦「土佐」に似ている事から、軍艦島と呼ばれるように
全長480メートル、幅160メートルほどの小さな島です。
72544_1.jpg
(ネットから拝借させて頂きました)


明治時代から昭和時代にかけては海底炭鉱によって栄え、
ピーク時は当時の東京23区の9倍の人口密度という世界一の人口密集地域となった。
1962年の原油輸入自由化に伴い、エネルギー資源の主流が石炭から石油へと変わり、
徐々に国内の石炭需要は減少。
1974年(昭和49年)の閉山にともなって島民が島を離れてからは、無人島となった。



軍艦島について詳しく書いてあります→軍艦島を世界遺産にする会

この動画たちもきになる秘境映像 軍艦島〜当時の生活から現在の廃墟映像集




昔話を聞いた時のように漁船ではいけなくなったようです。

現在は、産業遺産として運用されているので、無断で上陸禁止!!
といっても、昔から朽ちた建物は倒壊の危険性があり、島への上陸は禁止されていたようです。。。
2002年に三菱マテリアルから、長崎県高島町(現長崎市)に譲渡されている


2009年4月末より整備された一部のみ
一般観光客の立ち入りが許可されることとなった。

よって、軍艦島上陸ツアーなるものがあります。
どこがいいかは、比較しているブログがあるのでそちらを参考に♩


私が参加したのは軍艦島コンシェルジュ
上陸率が高いとの事で、こちらに決めました!!


DSC_6429(変換後)

2015年3月9日 午前 
軍艦島上陸できるか、ドキドキでした。


軍艦島の写真を撮れるように、2階のデッキに座るも
雨と寒さで凍えそうでしたが、デッキ用の防寒着とカッパを貸してくれました。

みんなでお揃いの防寒着
まるで、アトラクションに乗っているようだったw

このおかげで、外でも寒さに耐えれた訳ですが。。。

海は大しけ  


上陸できるのか??

DSC_6407(変換後)

DSC_6425(変換後)

ありえないほど揺れる中
やっと撮れた写真(揺れすぎて、カメラの設定とかもできずw)


島の裏側は特に波が高くゆれるらしい。。。。


DSC_6404(変換後)

DSC_6430(変換後)

ちなみに、右上に見えるのは端島神社。拝殿は倒壊し、神殿だけが残っている


拡大写真(ネットから拝借)
Unknown.jpeg


つづき、船から見た軍艦島
DSC_6432(変換後)


DSC_6436(変換後)


DSC_6444(変換後)


上陸条件
波の高さが50cm以下、風速5m以下、視程が500メートル以上あり、
見学者が安全に下船できると船長が判断した時


この大しけの中、上陸できるのか?
受付では、多分大丈夫でしょうと言っていたから大丈夫だろうが・・・
想像以上に波はあらい


そんな中
  船長から上陸許可が

     そして雨もやんだ。。。。


DSC_6446(変換後)


念願の軍艦島上陸だが、実は見学施設が決まっていて、

一番行きたかった島内で一番大きな65号棟は見学エリアにないのだ

zyouriku_map(変換後)
軍艦島コンシェルジュより

危険なのもわかるが、見学ルート増やしてもらいたいものです
(かといって、整備されるのも嫌なんだが。。。。複雑)

これが海外だったら、多少危険でも もっと入れるような
日本は、そのあたりが慎重だもんなぁ〜
特別な許可がなければ、今は無理そうだよねぇ。。。



内部が気になる方はこちら軍艦島65号棟

 こんなん、見たかったなぁ〜(あの人数じゃ〜無理かっ)



はい、見学ルートの写真に戻ります。
DSC_6452(変換後)

右はしになるのが 貯炭ベルトコンベヤー
四角い枠がドミノのように立ち並らび、この上にベルトコンベヤーが乗っていた。
精製された石炭はこの上を移動、貯炭場に蓄えられ石炭運搬船に積み込まれた。
今はその支柱が残っている。。。


DSC_6454(変換後)

DSC_6456(変換後)


DSC_6459(変換後)
DSC_6461(変換後)
レンガ造りの建物は総合事務所として、この島の司令塔的存在だった。
職員70~80名が常駐し島内の指示を出していた。何故か子供は立ち入り禁止だったらしい??
建物内には大きな共同浴場があったそうです。。。

DSC_6474(変換後)
DSC_6481(変換後)


DSC_6480(変換後)


DSC_6485(変換後)

DSC_6488(変換後)

DSC_6490(変換後)


DSC_6495(変換後)
DSC_6494(変換後)
仕上工場
炭鉱で必要な物の製作や修理を行なっていた。


DSC_6496(変換後)
左上にあるのは、肥前端島灯台。
無人島になり島から灯りが消えたので、航路の安全を確保するために灯台が設置された。
現在の灯台は、錆びないよう強化プラスチックで造られているんだって。
(灯台が妙に浮いていて、友人がしきりに邪魔だと言っていたw)

DSC_6500(変換後)
鍛冶工場


日本初!!鉄筋コンクリート造の高層アパート
DSC_6502(変換後)
30号棟アパートは1916(大正5)年に建設され、
当時の日本最古の7階建て鉄筋コンクリート造の高層アパートで、
鉱員住宅として建てられたこの建物は中が吹き抜けになっており、
鉄筋コンクリート造としてもまだ試行錯誤の実験的段階でしたので、建築学上大変貴重な建物です。
31号棟の1階には郵便局、公衆電話、理美容院、地下には公衆風呂がありました。
理美容院は65号棟の地下にもありました。


DSC_6498(変換後)

DSC_6503(変換後)
30号棟と31号棟の間に見える25号棟の階段。
かつて25号棟の1階には島内唯一のスナック「白水苑」が、2階は島内唯一の旅館「清風荘」があった。



DSC_6510(変換後)









 建物があるのに人が住んでいない

    夏草や兵 どもが夢の跡


         なんてね



妙に切なくなるのはなんでだろう・・・・

003.jpg
(上記写真は、ネットから抜粋させて頂きました)

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